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江戸時代に書き上げられた絵図面からみると、江戸期の名所図や随筆などに描写された長國寺の境内の様子や、鷲妙見大菩薩(鷲大明神)が安置された番神堂などが良く分かります。
なお、古くは了遠院の他、知性院、久遠坊、円立坊、真索坊、玄成坊など時代により三〜四ヶ寺の塔頭が存在しましたがこの絵図面を書き上げた当時は了遠院のみとなっています。
東都歳時記
江戸名所を紹介した「東都歳事記」
鷲大明神の幟の左に本堂の大屋根が見えます。又、現在の国際通りは、これでみると畔道のようです。
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明治初年の神仏分離令により、当山は、境内を含め寺と鷲神社とに分割されました。右側の「明治の境内図」はその記録で現在都立公文書館に保管されています。
明治の境内図、右側が
鷲神社になりました。
江戸期の絵図面に明治の境内図を重ねました。
黄色い部分が長國寺の寺領となって、
鳥居と番神堂の建つ南側が鷲神社となりました。


日本の近代化に合せた都市計画に伴い、車道が整備されたり、市電が開通したりしました。長國寺前の田圃の中のあぜ道のような往還も拡幅されることとなります。
そのため現在の国際通りに面した寺領の西側を提供することになり、そこに位置した墓所を現在地に移転しました。
また明治以後、塔頭の了遠院に移された本堂を現在本堂の建つ位置に戻すことの許可が下りたのです。
 
ベージュ部分→
が道路と
なりました。

境内は以前と比べるとずいぶん狭くなりましたが、念願だった山門を平成2年に落慶、本堂を平成4年に落慶して現在の形になりました。
酉の日には、妙見講の熊手商がズラリと並び、参詣の善男善女がびっしりと境内を埋めます。
酉の市での山門
酉の市での山門
国際通りに面した山門
国際通りに面した山門、奥に本堂が見えます

 

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